迷子の夜も、自分である証拠
夜の街を歩いていると、たくさんの人が行き交うのに、自分だけ取り残されたような気持ちになることがあります。
スマホの画面に映る「楽しそうな人々」を見ても、心の中は空っぽで、胸の奥にぽっかり穴が開いたように感じる夜もあるでしょう。
誰かに、「みんなひとりだよ」と言われても、やっぱり孤独でさみしい。
「わたし、何してるんだろう」と立ち止まる夜もあるかもしれません。そんな夜は、自分の存在や価値を疑ってしまうこともあります。
でも、考えてみてください。迷子になったように感じるその自分こそ、確かにあなたであり、あなたがここにいる証拠です。
群れのなかで方向を見失ったとしても、それは決して悪いことではありません。むしろ、自分を感じ、立ち止まることができるあなたの強さの表れでもあります。
迷子の時間も、さみしい夜も、全部含めて「あなた自身」なのです。
その自分を抱えられること、それ自体が「まだ大丈夫」というサインです。
だから、焦らずに、自分の歩幅で歩いていきましょう。
立ち止まることも、迷うことも、さみしさを感じることも、すべてがあなたの人生の一部。
そしていつか、この迷子の時間さえ、あなたの人生の力になるはずです。
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