希望と日常
「希望」という言葉は、
順調な日々の中では、あまり必要とされません。
特別な問題もなく、
淡々と一日が終わっていくような日常では、
希望は話題にのぼらないものです。
けれど、
行き止まりを感じたとき。
どうにもならない現実に触れたとき。
もうこれ以上、頑張れないと思ったとき。
その限界の場所に立たされたときにだけ、
希望という言葉は、はっきりと姿を現します。
それは、
前向きな気持ちや
明るい未来の約束ではないかもしれません。
「それでも、ここにいる」
「まだ、終わっていない」
そんな、かすかな感覚に
あとから名前をつけたものが、
希望なのだと思います。
日常のなかで語られなくても、
目立たなくても、
希望がどこかにあるから、
わたしたちは今日を生きていける。
希望は、
持とうとするものではなく、
生き延びようとした先で
静かに残っているものなのかもしれません。
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