希望と日常
「希望」という言葉は、
順調な日々の中では、あまり必要とされません。
特別な問題もなく、
淡々と一日が終わっていくような日常では、
希望は話題にのぼらないものです。
けれど、
行き止まりを感じたとき。
どうにもならない現実に触れたとき。
もうこれ以上、頑張れないと思ったとき。
その限界の場所に立たされたときにだけ、
希望という言葉は、はっきりと姿を現します。
それは、
前向きな気持ちや
明るい未来の約束ではないかもしれません。
「それでも、ここにいる」
「まだ、終わっていない」
そんな、かすかな感覚に
あとから名前をつけたものが、
希望なのだと思います。
日常のなかで語られなくても、
目立たなくても、
希望がどこかにあるから、
わたしたちは今日を生きていける。
希望は、
持とうとするものではなく、
生き延びようとした先で
静かに残っているものなのかもしれません。
投稿者プロフィール

最新の記事
カウンセリング2026年2月5日希望と日常
カウンセリング2026年2月4日静かな生活
カウンセリング2026年2月3日心理的安全性って実際どういう意味?
カウンセリング2026年2月2日大切にされることに身構える

