希望と日常

「希望」という言葉は、
順調な日々の中では、あまり必要とされません。

特別な問題もなく、
淡々と一日が終わっていくような日常では、
希望は話題にのぼらないものです。

けれど、
行き止まりを感じたとき。
どうにもならない現実に触れたとき。
もうこれ以上、頑張れないと思ったとき。

その限界の場所に立たされたときにだけ、
希望という言葉は、はっきりと姿を現します。

それは、
前向きな気持ちや
明るい未来の約束ではないかもしれません。

「それでも、ここにいる」
「まだ、終わっていない」

そんな、かすかな感覚に
あとから名前をつけたものが、
希望なのだと思います。

日常のなかで語られなくても、
目立たなくても、
希望がどこかにあるから、
わたしたちは今日を生きていける。

希望は、
持とうとするものではなく、
生き延びようとした先で
静かに残っているものなのかもしれません。

投稿者プロフィール

水田 透
水田 透くれたけ心理相談室(高知支部)心理カウンセラー
相談者様の心にそっと寄り添い、少しでも軽くなるお手伝いができればと思っています。
心理カウンセラー 水田 透

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